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幕末, 未分類

当ブログで報告した「新選組『不動堂村』屯所の規模と位置の確定」が地元京都新聞で記事化されました。なんと一面トップ、三面に補足記事という扱いでした。 かなりの分量を割いていただいていますが、伝わらない部... (つづきを読む)

幕末

桂久武の慶応元年末から翌年2月までの京都滞在中、決して退屈に過ごしていたわけではなく、上京前には予想もしていなかった緊張感の中で過ごしていたことがわかってきました。この日記をしっかりと読み込めばこ... (つづきを読む)

幕末

薩長同盟成立のまさにその時に京都にいた桂久武は詳細な「上京日記」を残しています。当ブログで拙いながらも全訳をしてみました。 しかし、この日記には「薩長同盟」について直接の記述がないところから必ずし... (つづきを読む)

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桂久武「上京日記」の中には「伏見の兼春」という薩摩藩御用達の宿屋の名前が出てきます。 慶応元年十二月十八日 大坂から伏見に到着した久武一行が旅装を解いたのが「兼春」です。活字版の方では「兼有市之丞」と... (つづきを読む)

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慶応元年5月、坂本龍馬は薩摩藩の庇護下にはいったが、鹿児島で海軍操練所の仲間とはわかれて、5月16日に鹿児島を出発し、熊本の横井小楠を尋ねたあと大宰府に入り、五卿に拝謁した上で薩長連合を説き、長州... (つづきを読む)

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当ブログの幕末史の考察については明治になってからの回顧談なども利用してます。これについては史料批判という手続きをとらなければなりません。そこにかかれていることをそのまま史実として歴史を再構成することは... (つづきを読む)

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薩長同盟プロセスの直接の始まりは、慶応元年5月、薩摩藩の庇護下にはいった坂本龍馬が、いっしょに引き取られた海軍操練所の仲間と離れて、鹿児島から大宰府に入り、さらに長州藩に入って木戸と会談したことに... (つづきを読む)

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山口在住の歴史研究家、山本栄一郎さんが現在、ご自身のブログで19年前に出版された『真説・薩長同盟』(文芸社 2001年)の全ページを順次公開されています。大村益次郎研究家 山本栄一郎のブログ 内容を読... (つづきを読む)

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※今回、黎明館HPからダウンロードできる、活字翻刻された村野守次『鹿児島県史料集 第26集 桂久武日記』中の「上京日記」を底本に利用して、全訳を試み、できたところから公開していた。それが終わった段階で... (つづきを読む)

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慶応元年乙丑十二月六日蒸気艦ヨリ鹿府前之躍を発、上京日記之事 十二月六日 一 四ツ過出宅、下濱在宿・暫時休足、送之人々多人数有之 爰ニて 重之物相披、別之一盃取かわし、無間も乗船、供之面々 役人之場、... (つづきを読む)