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幕末

先に寺田屋が明治元年9月19日には営業していたことを示す仁礼景範日記を紹介いただいたSNSつながりの方から、ふたたび慶応4年3月15日に営業していたことを示す史料をご紹介いただきました。感謝です。 信... (つづきを読む)

幕末

寺田屋来訪者の書 寺田屋には現在、先に紹介した樺山資紀のもの以外に、寺田屋を訪問した有力者の書が扁額として飾られています。 「天楽多家 乙巳秋日為 寺田氏 正二位通禧書」(写真1)  ... (つづきを読む)

幕末

樺山資紀の扁額 現在、寺田屋内部には書画の展示物が多くありますが、その中に寺田屋を訪れた有力者が認めた書が扁額として複数掲げられています。そのうち樺山資紀のもの(写真1)を考えます。 樺山資... (つづきを読む)

幕末

皇后の瑞夢 寺田屋再興の直接のきっかけは日露開戦前夜に美子皇后が葉山御用邸で、2日連続でみた夢です。白衣の男が坂本龍馬を名のり、我が海軍を守ることを告げにきたという夢です。 昭憲皇太后実録を見る... (つづきを読む)

幕末

寺田屋関係を投稿したついでに、寺田伊助の義弟荒木英一のことについてわかったことを書いておきます。 寺田伊助の義弟荒木英一 2019年に日蓮正宗の源立寺から明治・大正期に日蓮正宗(最初は日蓮宗大石寺派)... (つづきを読む)

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「慶喜公維新の戦跡を弔ふ」大正 2(1913)年5月18日付の大阪毎日新聞 徳川慶喜の寺田屋訪問 現在(2022/4)、2階への階段を上がったところに「慶喜公維新の戦跡を弔ふ」という大正 2(191... (つづきを読む)

幕末

2016年、薩長同盟締結の地ではないかと、京都と鹿児島でのあいつぐ資料発見によって報道、注目された「御花畑屋敷」。今も、その直後の原口泉氏のコラムはまだネットでみることができます。 その後、京都におけ... (つづきを読む)

幕末, 未分類

今回も引き続き、佐野静代氏の論文「近衛家別邸『御花畑』の成立とその政治史上の役割 : 禁裏御用水・桂宮家・尾張藩・薩摩藩との関わりについて」(『人文學』同志社大学 2020年)の疑問点について書いてお... (つづきを読む)

幕末

今回も同じ佐野氏論文について、「一次史料」の取り扱いについての疑問を考えます。 氏は尾張藩との「御花畑」の関係性を示す資料を多数提示され、特に近衛忠煕の母で尾張藩から嫁した維君の隠居所として天保年間に... (つづきを読む)

幕末

おとせによる寺田屋再建時期を考える資料がありました。 「仁礼景範航米日記」は1866年の第2次薩摩藩留学生のうち、アメリカに派遣された仁礼が長崎出発から西暦1868年10月28日に横浜に帰着し、そ... (つづきを読む)