10/31付け産経新聞
「大久保利通茶室」記事についての意見

[browser-shot url=”https://www.sankei.com/life/news/191031/lif1910310002-n1.html” width=”300″ height=”225″ target=”_blank”]維新の密談舞台? 大久保利通の茶室保護は英断か拙速か 京都市の行動に賛否両論 2019/10/31 産経新聞[/browser-shot]2019/10/31付で産経新聞でweb配信されている「維新の密談舞台? 大久保利通の茶室保護は英断か拙速か 京都市の行動に賛否両論」の園田和洋記者の署名記事については大きな問題点があります。筆者の考える所をまとめておきたいと思います。

見出しの問題点

 見出しですが、記事の内容を正しく反映していません。京都市判断について英断か拙速かということですが、英断、拙速を対義語ではありません。あとで触れる異論のコメントをつけている中村武生氏も前提として文化財としての価値を認めています。保護されたことは英断とするしかありませんし、この判断をすべきではなかったという否定論もありません。

ニュース本文の問題点

 ニュースは3つの段落にわかれています。前2段については未指定文化財保存についての先例になると磯田道史氏の言葉も引きながら肯定的な評価をしています。しかし、3段目に京都女子大非常勤講師中村武生氏のコメントをもとにしたところから話はあらぬ方向に向かってしまっています。

中村氏コメント①

今回の茶室が御花畑から移転されたというのは大久保家の言い伝えで、具体的に証明するものはない。詳しく調査するためにも解体・移築ではなく、建物を丸ごと移すのが望ましかったのでは

このコメントには2つ問題点があります。
第1に、この茶室は大久保利通関連の遺蹟であることを第一義として保存されたものであり、御花畑からの移築であるかないかは、また別問題です。記事にも中川文化財保護課長の談話として「大久保利通関係の遺構が少ない中で、2年間とはいえ、大久保が過ごした空間を市民と共有していければ」とあり、事実関係が違います。また、中村氏自身当初は御花畑からの移築を全面肯定した見解を発信していました。
第2に、建物の状態、時間的余裕などの点から考えて「丸ごと移し、詳しい調査も行う」ことは無理だと思われます。「拙速」という言葉は詳しい調査を受け入れてもらえなかったことに対する中村氏の京都市への批判の言葉として使われたのでしょうか。しかし、中村氏の抗議に対する京都市の公的な回答書にも複数の専門家の意見を踏まえて解体移築という手法が最も適当と考えて実施したと明記されています。解体寸前であったという状況の中では最善手であったといえます。

中村氏コメント②

同様の問題が起きた場合、どこまでの人物のどの建物を残すのか

このコメントはさらに重大な問題をはらんでいます。
このような線引きは発言する人によってもまちまちですし、実際の事態が起きたときの状態もまちまちで標準化することは、不可能な問題です。

問題の本質

 最初におさえるべきは今回、原田良子さんの機転とその後の関係者の尽力がなければ有待庵はあっさりと消滅していたという事実です。ここから未指定文化財の保護問題の第一の問題として浮かび上がるのは、未指定とはいえ貴重な文化財が偶然にたよってしか残らないという現状をどう変えていくかなのです。人知れず、また周知されていた場合でも「線引きの判断」をする余裕さえなく、多くの文化財が消滅していっていることをどう解決していくかです。そのことを指摘せず、答えのでない「線引き」を問題とするのはまとはずれな議論でしかありません。

実は、中川文化財保護課長の言葉にはこれらの問題に取り組む手がかりが述べられています。

中川課長発言と筆者のコメント

  • 「いまだ把握していない文化財が数多く埋もれていることは認識している」
    → そうならば、まずは把握の仕組みをつくることが大切となります。
  • 「歴史上の人物へ線引きするのは難しい」
    → 一律の線引きは不可能であることをはっきりのべています。
  • 「所有者の意向を聞きながら状況に応じた対策を決めていくことになる」
    → 対策を決める以上、何らかのルールや仕組みをつくる必要がでてきます。

「線引き」をリード文で課題設定し、結論部分のまとめとした時点でこの記事は失敗しています。未指定文化財保護問題の現時点での課題は中川課長の発言から考えたように、現状の把握と、その保存について論議する仕組みをどのようにつくるかということに尽きます。

埋蔵文化財保護との比較

 蛇足ですが、埋蔵文化財との比較をしておきます。
 実際、埋蔵文化財についてはある程度そのルールが出来上がっています。まずは専門家による遺跡分布調査を行い遺跡のあるところを周知の遺跡として登録1)する、その地を開発する場合は届けが必要になり、発掘調査の段取りがつけられる、発掘成果にもとづいて記録保存2)か現状保存3)か遺跡活用整備4)かなどの方針を有識者を含む委員会で審議していくというルールです。また、周知の遺跡ではなくてもその可能性があるところについては立ち会い調査5)、あるいは試掘調査6)などを行なう仕組みもある程度は整っていると思っています。もちろん、地域によって充実度は違うでしょうが。こういった作業が法や条例の裏付けをもって行われています。こういう仕組みを近現代の未指定文化財にもつくっていくことが保護問題にとっての焦眉の課題であるように思うのですがいかがでしょう。

ですから、現在の仕組みでは発掘調査の対象は埋蔵文化財ですから、埋蔵文化財ではない未指定文化財に適用することはできません。

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